03 / 罪を背負う獣
罪を背負う獣(前)
年をとったからなのか、最近では起床する時間が早くなってきた。隣で寝ている夫を起こさないように、静かに寝室を出てキッチンへと向かう。やかんに水を入れてコンロで熱し、沸騰するまでの間にリビングのカーテンを開けて外を眺めていた。
まだ朝もやの出ている時間だった。大きな窓を開けてベランダに立つ。隣には腰掛け用に車椅子が置いてあり、外出する時にはその車椅子と共に行動することを徹底している。
そう、私は歩けるけれども歩けないのだ。
周りの目を他に向けるためには、障害を持っていると思わせるのが一番容易く効果の大きいものであった。その事実は我が身でよく実感できている。
そして、そうせざるを得ない秘密が私たちにはある。
感慨に耽っているうちにお湯が沸いたようで、キッチンからそれを知らせる音が次第に大きくなるのが聞こえた。 私とは対照的に、夫の起きる時間はだんだん遅くなっている。今では学生が遅刻を回避するために一生懸命走って登校している時間に起きるのだ。そのため私は起きてから数時間経たなくてはご飯も食べられない。一度起きてしまうと、なかなか寝付けないし、一人での朝食も御免である。
仕方なく、いつものように朝食の支度を済ませて朝刊を読み、それが読み終われば軽く部屋の掃除をする。そうこうしているうちに外から声が聞こえてくる時間になるのだ。
再び窓を開けてベランダに出て、今度は車椅子に座って外の様子を観察する。
私たちが住んでいるのは、目の前に公園のある、大きなマンションの一部屋である。位置的にはマンションの三階、右端の部屋で、このマンションでも数部屋しか存在しない、公園全体を見渡せる部屋だ。他の部屋となると、上の階でも下の階でも、また、数部屋左にずれただけでも公園の森林地帯の中まで見る事ができなくなる。
私たちは、公園を隅々まで見渡せるこの部屋が何としてでも欲しかった。秘密を、守る為に…
公園を見続けて二時間近くが経った。夫はまだ起きてこない。
学生の姿が少なくなってきた頃、公園に一台のトラックが入った。遊具の点検 だろうか?
そう考えていると、トラックから一人の男性が降り、荷台から大きなスコップを持ち、あろうことか、公園の森林地帯へ向かって行った。
私は慌てた。
万が一にも気付かれてはいけない秘密に、誰かも分からぬ者が近付いている。
彼はどこへ向かっている?
どこの土を掘ろうとしている?
落ち着いて過ごせていた数分前とは打って変わって、私の精神状態は非常に不安定なものになっていた。頭の回転は鈍り、ただ、彼がどこへ向かい、何をするのかを見逃さないように、ベランダから身を乗り出して彼の行動を凝視していた。
彼の足が、森林地帯の中心にある、周囲のものとは一回り大きい木の前で止まった。手に持ったスコップを木の根元に突き刺した時、私は悟ったのだ。
ここまできて、ここまで待って、想定外の事態が起きた…
あともう少し、ほんの少しなのだ。
ここで、こんなところで、躓くわけにはいかない…!
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